レイアモデル

「レイアモデル」と共に走る、”夢の舞台”への道

2018年2月13日、米国アンダーアーマーの開発拠点であるオレゴン州のポートランドオフィス。この日、アンダーアーマーに所属するマラソンランナー、岩出玲亜のために開発されたランニングシューズのファーストサンプルが、岩出本人も含めた関係者に初めて披露されました。しかし、でてきたシューズは想定とはまったく異なるもの。アメリカの開発は岩出の求める水準に到底及んでいなかったのです。この時点では、岩出がアンダーアーマーのシューズを履いて東京オリンピックを目指すというのは、夢のまた夢のように思えました。。


自己変革を求めてアンダーアーマーへ

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時計の針を半年ほど前に戻します。
2017年7月1日、岩出玲亜がアンダーアーマーの国内総代理店を務める株式会社ドームに入社しました。高校を卒業後、企業チームで4年ほど競技を続けていた岩出ですが、マラソンでオリンピックを目指す上で、当時の環境に限界を感じていました。実業団チームの常識にとらわれず、取り組みを一から見直し、自分を変えたい。そんな志のもとに求めた新天地が、アンダーアーマーだったのです。

「せっかくマラソンランナーが入社したのだから、アンダーアーマーのシューズを履いてレースに出てほしいよね」
弊社のシューズ開発担当者たちにとっては当然の思いでした。しかし、この時点ではアンダーアーマーがランニングシューズ市場に参入してまだ5年ほど。フルマラソンで3時間を切る、いわゆる「サブ3」のトップランナーに向けた商品は、存在すらしていなかったのです。

岩出の入社を機に、アメリカのボルチモアにあるアンダーアーマー本社に駐在(当時)していた藤井雅義を中心に、日米合同で岩出のシューズ開発チームが結成されました。足型計測や岩出へのヒアリングを通じて、2017年10月ごろに「レイアモデル」の方針が決定。その4カ月後にはファーストサンプルを完成させる計画でした。

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しかし、冒頭の通りレイアモデルは当初計画したサンプルを作ることができず、プロジェクトは暗礁に乗り上げていました。この時期を藤井はこう振り返ります。

藤井
日本にもアメリカにもまったくノウハウがない中でのシューズ開発。期限までにサンプルが作れなかったこと自体は問題ないです。それよりも、その状況がポートランドの開発チームから一度も共有されていなかったことに危機感を覚えました。日米の担当者間で必要なコミュニケーションが取れていなかったのです。実際、アメリカ側にそこまでの本気さもなかった。チームでとことん話し合い、夏をめどに再び開発に着手しました。

2018年3月11日。先の見えないレイアモデルの開発をよそに、岩出は名古屋ウィメンズマラソンで他社製のシューズを履き、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の出場権を獲得します。2019年9月に男女それぞれ行われるこのレースで1位か2位になると、来年の東京オリンピックにおけるマラソン日本代表に内定します。開発チームは岩出がオリンピックに向けた大一番への出場権を得たことで一安心するとともに、一年半後に迫ったMGCに向けて急ピッチで作業を進めていました。

“ピンク”が招いた、山陽ロードの悪夢

2018年5月。ようやくレイアモデルのセカンドサンプルが完成。この時の感触は、いい意味で岩出の期待を裏切るものでした。

岩出
正直なところ、あまり期待しすぎずに待っていました。そしたら、とてもいい感じだったので、アンダーアーマーのシューズでレースに出られるという期待が大きくなりました。

岩出がセカンドサンプルに手応えをつかんだことで、レイアモデルの開発は軌道に乗り出します。彼女のフィードバックを受けながら微調整が加えられ、7月にサードサンプル、9月にはフォースサンプルと進化。シューズは順調に完成へと向かっていました。そして12月の山陽女子ロードレース大会のハーフマラソンで、岩出が初めてレースでレイアモデルを着用することが決定。彼女の好きなピンク色を基調に、開発は最終段階に入っていました。

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しかし、このピンク色のシューズが悲劇を生むことになります。
結果から言うと、岩出はこのレースで18位と大惨敗。MGCに出場するライバルたちに大差をつけられました。大惨敗の原因がシューズにあることは明らかで、テレビ解説を務めた有森裕子さんも、「雨でシューズが滑っている」と言及するほどでした。

藤井
この時点で、シューズには3つの不安要素がありました。
一つはずっと黒色で開発を進めてきたシューズをピンク色にしたことにより、生地や染料が変わって重量が10グラムほど増加。さらに、フィット感にも微妙なズレが生まれていました。もう一つは工場側のミスで、「シャンク」と呼ばれる硬質の素材がシューズ内部に挿入されてしまいました。最後は雨が降って濡れた路面でのパフォーマンスに課題があったことです。

もう一度黒色のモデルに戻すという選択肢もあったのですが、工場のミスに気づいたのはレース1週間前。岩出さんはせっかく自分の好きな色で作ってくれたのだからと、ピンク色のシューズに必死に足を慣らしてくれている段階でした。結果としてこれらの不安要素を抱えたまま、レースに臨ませてしまったのです。

これらの不安がすべて露呈したことによる、大失敗のレース。このシューズのままでは、MGCでの2位以内、オリンピック出場は不可能です。この先もアンダーアーマーのシューズでいくのか、履き慣れた他社製のシューズでいくのか、チームは大きな岐路に立たされました。レース直後に岩出や会社の上層部も交えて緊急ミーティングが開かれ、今後の方針について徹底的に話し合われました。

藤井
まずは開発チームの不手際によって、大切なレースを棒に振ってしまったことを岩出さんに謝罪しました。MGCまでもう9カ月を切っている状況。これ以上、アンダーアーマーのシューズにこだわるのは無理と言われても仕方ないと思っていました。

しかし、岩出さんから「ここまで開発を進めてきてもらったので、私はアンダーアーマーのシューズで走りたいと思います」という言葉をもらいました。彼女の思いに対して、「良いランニングシューズを作る」という形でしっかり応えたいと心から思いました。

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ランニング部の藤井雅義部長(中央)を中心に、レイアモデルの開発が進められた

レイアモデルで出した自己ベスト

2019年1月27日。黒色のレイアモデルを履いた岩出は、大阪ハーフマラソンをトップで駆け抜けます。2013年にマークした自己ベスト1時間9分45秒にあと1秒と迫る好タイムでの優勝でした。山陽ロードの失敗からわずか1カ月。開発担当者と岩出がお互いの思いをぶつけ合ったことによって、ようやく一つにまとまったチームが、シューズを大きく完成に近づけていたのです。さらに、3月に行われた名古屋ウィメンズマラソンでは、自己ベストを更新する2時間23分52秒の快走を見せて、日本人トップの5位でゴールしました。もうシューズに迷いはありません。

9月15日。いよいよ東京オリンピック出場をかけたMGCが行われます。レイアモデルの開発チームに対する思い、レースを目前に控えた今の気持ちについて、岩出はこう話します。

岩出
シューズについては困難な場面に何度も何度も遭遇してきましたが、今信頼して履けるアンダーアーマーのシューズがあることには感謝しかありません。日米の開発チームの皆さんが、いつも本気で取り組んでくれているのを実感しています。

私はアンダーアーマーに来てから、走る意味に気づきました。
子どもたちをはじめとして、たくさんの人たちにスポーツを通じて豊かになってほしいという思いを抱いて走っています。そして、シューズ作りで感じた作り手さんの熱い思いを背負い、スポーツを通じて社会を豊かにしたいと本気で思っている人たちと、共に戦うことに価値を感じている自分がいます。

MGCでは、シンプルにたくさんの人に感動してもらえる走りをしたいです。

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「岩出玲亜のために良いシューズを」

その一心で開発を続けてきたレイアモデルのノウハウを生かして、アンダーアーマーでは2021年をめどに、サブ3ランナーを対象にしたレーシングモデルのランニングシューズを発売する予定です。私たちはトップ選手のサポートを通して得た技術やノウハウを、UNDER ARMOUR MAKES YOU BETTERのブランドミッションの下、これからもすべてのアスリートへと還元していきます。

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アンダーアーマー

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