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どん底味わい4年ぶりに復活 元世界1位のゴルファー、ジョーダン・スピース

4月に米国で開催されたゴルフのマスターズ・トーナメントで、松山英樹選手がアジア人として初めての優勝を果たしました。松山選手の快挙は日本のみならず、世界中に大きなインパクトを残しましたが、この大会にはもう一つの物語がありました。長期の不振に陥っていた元世界ランキング1位、アンダーアーマーの契約アスリートであるジョーダン・スピース選手の躍進です。スピースは3位で大会を終え、復活を大きくアピールしました。

若くしてつかんだ栄光

米国出身のスピースは、10代の頃にサッカーやバスケットボール、アメリカンフットボールなど多くの競技をプレーしていましたが、その中で最ものめり込んだのがゴルフでした。ゴルフの魅力について、スピースは次のように語っています。

ゴルフは自分一人ですべての責任を負うスポーツ。準備も試合もすべては自分次第で、他人に責任を押し付けることはできない。そこが気に入っているんだ。

2009年、11年と全米ジュニア・アマチュア選手権で優勝。同大会で複数回の優勝を果たしたのは、タイガー・ウッズ以来、史上二人目でした。さらに13年、19歳の時に出場したPGAツアーの大会で初優勝を飾ります。十代でのPGAツアー優勝は、82年ぶりという快挙でした。快進撃は止まりません。大学をやめてプロに転向した後、15年のマスターズでメジャー初優勝を果たします。続く全米オープンも制して、メジャー大会を連覇。この年、21歳の若さで世界ランキング1位の座へと登り詰めました。その後も17年までにツアー11勝(メジャー3勝)を挙げる活躍で、ゴルフ界を常にリードしてきました。

左手のけがが原因でスランプに

順風満帆なキャリアに変化が訪れたのは2018年の初めでした。ウェイトトレーニングの最中に左手を負傷してしまいます。骨が欠けていましたが、スピースは手術を選択せずに、テーピングを施して試合に出場し続けました。しかし、けがした個所をかばうようなスイングが身についてしまい、この頃から成績は下降の一途をたどります。優勝争いをするどころか、予選すら通過できない試合が続き、かつて1位だった世界ランキングは、20年には84位まで下がっていました。

当時について、スピースはこう振り返ります。

うまくいかないことがたくさんあった。闘争心もあり、自分自身は何も変わっていないつもりなのに、試合になると迷いが出てしまう。スランプに陥ったのは生まれて初めてで、毎試合、試行錯誤しながら戦っていたが、修正することが難しかった。一方で、これは成長するための試練なんだと思うようになった。

さらに、2020年には追い打ちをかけるように、新型コロナウイルスが世界中を襲いました。試合に出場すらできない中で、スピースは自分にとってゴルフがどのような存在なのか、とことん向き合いました。

この1年、COVID19の蔓延により世界中のゴルファーが試された。私はゴルフがプレーできない中で、より一層ゴルフを好きになることができた。また、ゴルフをプレーすることを生業としているという事実について、深く感謝するようになった。ここ数年は自分のゴルフができずに苦しんだけど、心を落ち着かせて、スイングの修正に取り組み、ジムでトレーニングに励んだ。少しずつ自分を取り戻すことができた。

2021年4月、スピースは17年以来4年ぶりとなるツアー優勝を果たしました。「言い訳をしたくなかった」と、左手のけがのことについて明かしたのはこの時が初めてです。その後、冒頭でご紹介した通りマスターズでは3位となり、全盛期の輝きが戻りつつあります。

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アンダーアーマーとの二人三脚

アンダーアーマーは、スピースがアマチュアの選手だった2012年から彼のサポートを開始しました。その後、15年には契約を10年延長して、パートナーとして様々なゴルフアイテムを彼とともに開発し、世に送り出してきました。アンダーアーマーとの出会いについて、スピースはこう振り返ります。

2012年の冬に初めてアンダーアーマーの本社に行き、創業者のケビンやスタッフのみんなに会った。その時に一目ぼれというか、彼らの心の中にある炎と自分の中にある炎が呼応し合うような感覚があった。当時は大学をやめたばかりで、これといった収入もない状況。でも、そんな自分の可能性に懸けてくれたアンダーアーマーは特別なパートナー。何事も恐れない気持ちと積極性は、もともとの僕のプレースタイルであり個性。それとアンダーアーマーというブランドが重なり合った結果、今があるんだよ。

また、スピースはこれまでに何度も来日を果たしています。多くのイベントに出演して、ゴルフファンや子どもたちに夢を与えてきました。印象的だったのが、キャリアの絶頂であった2017年1月と、最も苦しい時期であった2年半後の19年10月の来日です。17年の来日時は、好成績にも浮かれることなく、周囲への感謝や将来の目標について語っていました。そして、19年には自身の成績が不調の中でも、以前と変わらずホスピタリティーにあふれる振る舞いで、私たちや日本のゴルフファンに接してくれました。ゴルフアイテムの開発においても、常に変わらぬ熱量で取り組み、その機能性の高さを自ら語り続けてくれています。

待望の完全復活、その先へ

スピースは、自身にとってのゴルフという存在についてこう話します。

私は自分の仕事、つまりゴルフを愛している。これまでもゴルフを愛してきたし、これからもそうするだろう。この考え方は、きっとあなたの仕事にも当てはまる。どんな成功にもつながる鍵だと思う。愛するとは、決してすべての仕事を笑顔でこなすということではない。時には苦しいこともある。それでも仕事と真摯に向き合って、乗り越えていくんだ。

そして、今後のキャリアと目指すべきことについて語りました。

僕はまだ自分が27歳であることを忘れない。これまでと同じように努力すれば、このスポーツで何十年も活躍することができる。たった1回のトーナメント、たった1か月、たった1シーズンの好成績では、ゴルフの殿堂入りはできない。長く続けていかなければならない。ゴルフに対する強烈な愛は今でも残っていて、燃え盛る炎は決して消えることはない。僕は今でも自分のゲームのことを考えながら起きたり眠ったりしている。伸び悩んだからといって、自分のキャリアが確定するわけでも、決まるわけでもない。僕は目標を見失うことなく、これからも自分自身を鼓舞し続けていく。ゴルファーであること、競技者であることは、僕のDNAの一部として身体にしみついている。

僕たちの多くは、これから新たな日常を過ごすことになるだろう。僕は決してすべての答えを持っているわけではないけど、ゴルフを通じて、世の中にポジティブな役割を果たしていきたいと思っている。僕は愛する仕事であるゴルフを追求するために、必要なことを続けていくつもりだ。アンダーアーマーと僕は、お互いが新しいステージに向かって突っ走ってくる中で、それぞれ良い時期もあれば悪い時期もあった。それらを乗り越えてきて信頼関係は深まっているし、これからも一緒にどんどん成長していきたい。

27歳にして栄光と挫折を経験してきた不屈のゴルファー。ジョーダン・スピース選手は、アンダーアーマーがブランドとして大事にしている精神を体現しているアスリートです。これからも彼とともに、強い意志で未来を切り拓いていきます。

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